小さな工務店のひとりごと 仕事の話6|「する」と「しない」を決める
こんにちは、ミライエ建築工房です。
「仕事の話5」で、制度と身体状況の間で悩みながら進めている現場のことを書きました。あのとき「工事が落ち着いたら、改めて書こうと思います」と結んだまま、少し時間が空いてしまいました。
あれから、数件の水まわりの改修が無事に引き渡しを終えています。
その中でもブログでご紹介したい件名があります。
1件はご主人に麻痺があり、ご家族3人でお住まいのA様。お宅の浴室と洗面所の改修をしました。もう1件は、ご夫婦お二人でお住まいのB様のお宅です。
同じ「水まわりの改修」ですが、決めたことも、決めなかったことも、まったく違いました。今日はそのあたりを書いてみます。
■ 調整が終わっていれば、工事は静かに進む
前回、「一番時間がかかるのは調整」と書きました。今回もやはりそうで、着工前にずいぶん時間をかけています。
結果として、1件目は着工後の変更がゼロ。2件目も、スイッチの位置を一か所直したくらいで済みました。
現場が静かに進むというのは、腕の見せどころが無かったということではなく、事前に決めきれていたということなのだと思っています。
改修工事の追加や変更は、たいてい「思っていたのと違った」から起こります。
そしてその「思っていた」は、ご本人・ご家族・ケアマネさん・私たちで、少しずつズレていることが多い。
図面を描く前に、そのズレを一つずつ潰しておく。地味ですが、ここが工期にも費用にも、そのまま効いてきます。
■ 今の動作を読む
手すりの位置、選ぶ商品、機器の配置。これは「今」の動作から決めます。
麻痺がある場合、手すりは、力の入る側に付けるのが基本です。
つまり、その方が浴室にどちら向きで入るのか、浴槽をどちらの足からまたぐのか、洗い場でどちらを向いて座るのかによって、手すりの位置は左右で入れ替わります。動線が逆になれば、正解も逆になる。
だから私たちは、できる限り実際の動作を見せていただくようにしています。
ご本人が「だいたいこのあたり」とおっしゃる位置と、実際に体重が乗る位置は、少しずれていることが少なくありません。ふらついたときに手が出る場所は、ご本人の意識より少し手前だったりします。
カタログの標準寸法は、あくまで平均です。
その方の身体の使い方に合わせて、数センチ単位で決めていく。この作業はどうしても現地でしかできません。

■ 将来の動作は、見えなくなる部分に仕込む
一方で、「将来」から決める部分もあります。
A様のお宅では、今は手すりを付けない場所にも、壁の下地補強を入れておきました。
リモコンの位置も、今の使いやすさで決めるのではなく、将来操作されるときに安心して使っていただける位置にしました。
下地補強は、仕上がってしまえば誰の目にも見えません。工事中に少し手間と材料が増えるだけです。
けれど数年後、「ここに手すりを付けたい」となったときに、壁を壊さずに済むかどうかは大きな違いになります。
しかも、将来どこに手すりが必要になるかは、正確には読めません。
だから下地は「点」ではなく「面」で入れておく。将来の選択肢を、壁の中に残しておくという感覚に近いかもしれません。
見える部分は今の動作に、見えない部分は将来の動作に。
そんな配分で考えることが多いように思います。
■ 「しない」ことを決めるのも、設計
改修のご相談をいただくと、つい「どこまでやるか」を考えがちですが、実際には「どこはやらないか」を決める事も大事な1つだと思います。
A様のお宅では、廊下から水まわりへの出入りについて、大きな改修はしないことにしました。
今は手すりの設置で対応できています。将来的には廊下の段差解消まで必要になる可能性もありますが、ご家族の今後の過ごし方も変わっていくかもしれません。
今の時点で大きく作り込んでしまうと、その先の選択肢のほうが狭くなる。そう考えての判断です。
B様のお宅には手すりは1カ所のみとしました。
今の動線と動作を見せていただいた限り、なくても問題なく動けておられたからです。
手すりは、あれば安心にもつながりますが、使わないのに取付をしてしまうとかえって邪魔になったり今できている動作を先回りして支えてしまうと、その動作を使わなくなっていきます。できていることは、できるだけご本人のまま残しておきたい。「全部を安全にすること」が、そのまま暮らしやすさにつながるわけではないと思っています。
ただ、いずれ介助が必要になることも考えて、決して広くはないスペースの中で、介助する方が無理なく立てる余白だけは確保しました。手すりは、必要になってから付けられます。
けれど、人が立つスペースは、後からは作れません。「しない」判断をするときに見ているのは将来に可変できるところとできない所を見分ける事かなと思います。

■ 制度は、使えるときも、使えないときもある
A様宅では、使える制度は使い、それ以外は自費で行いました。
B様宅では、介護保険の住宅改修を使うつもりで申請したところ、認定結果は「自立」。制度は使えませんでした。
介護保険は、身体の状況そのものではなく、認定という手続きの結果で決まります。お会いした印象と結果が一致しないことも、正直あります。そして、申請してみるまで分かりません。
だからこそ、制度を前提に計画を組み立ててしまうと、こういうときに全部が崩れます。
私たちは、制度が使えなかった場合にどうするかを、最初から並べて考えるようにしています。今回も、工事の内容そのものは変えずにお引き渡しまで進みました。手すりについては、必要になった時点であらためて制度を使う方向で、話がまとまっています。
まず暮らしから考えて、そこに制度が乗るなら乗せる。その順番だけは崩さない。
前回書いた「制度を“使う”のではなく、“組み立てる”」というのは、たぶんこういうことだったのだと、終わってから言葉にできた気がします。
■ おわりに
引き渡しのとき、A様のお宅では「楽しみです」と言っていただき、しばらくしてから「うまく使えています」と伺いました。
B様では、段差が小さくなって浴槽をまたぐのが楽になった、お風呂が楽になったと喜んでいただきました。
図面にも見積書にも出てこない部分ですが、この仕事をしていてよかったと思うのは、いつもこういう瞬間です。
まだ進行中の現場もありますので、また書けることがあれば、ひとりごととして綴っていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
